TATSURO KISHIMOTO

6/7 (Sat)-7/5 (Sat), 2025
Opening hours: 12:00-19:00 (Wed-Sat)
Closed on Sun, Mon, Tue and National Holidays
Reception: Saturday, June 7, 18:00-19:00


あいだにある作品——菊池奈緒「1897」に寄せて
菅原伸也(美術批評・理論)

 ドイツにおいてコロナ禍によるロックダウンを経験し、長い期間自室にこもる生活を強いられたことにより、菊池奈緒は、内と外や自己と他者とのあいだにある境界を意識するようになった。その結果、窓やドアといった境界に関わる建築的モチーフを自作に多く登場させることとなったのである。菊池は、街を歩くなかで目に留めた建築の断片を写真に収め、その写真をもとにデジタルのグラフィックデザインツールを用いて抽象度を高めたドローイングを作成し、それをさらにセラミック作品へと展開するといったやり方で制作を行っている。したがって、このような過程を経て生まれる菊池の作品は、内と外との境界だけでなく、現場と写真イメージ、アナログとデジタル、具象と抽象といったさまざまな領域の「あいだ」にある作品だと言えるだろう。
 菊池の作品は絵画とセラミックのあいだにおいて展開される実践でもある。菊池は今でこそ、本展に出品されているようなセラミック作品で知られているが、もともと多摩美術大学で絵画を学び、絵画作品を中心とした制作活動を行っていた。しかし、絵画を制作していたとき菊池が関心を寄せていたのは、絵画というメディウムに特有の視覚的イリュージョンではなく、むしろ絵の具の厚みによって生じる影や、キャンバス自体の厚みといった、絵画において通常あまり重視されていない物質性であり、そうした物質性への関心が絵画からセラミック作品へと向かう契機となったのである。
 それにもかかわらず、菊池のセラミック作品は依然として絵画との結びつきを維持している。一般的にセラミック作品は水平の台座などに置かれることが多いのに対して、菊池のセラミック作品は壁に掛けて展示されることで絵画と同様の垂直性を保っている。釉薬などさまざまな手段を用いて作り出される、通常のセラミック作品にはあまり見られない複雑なテクスチャーもまた絵画作品を思い起こさせるものである。さらに菊池は、建築的モチーフだけでなく、アメリカの画家リチャード・ディーベンコーンが1980年頃に手掛けた絵画に登場するスペードから着想を得て記号的フォルムを作品に取り入れるという試みも行っており、その点においても絵画とのつながりが保たれている。
 このようにして菊池は、内と外、アナログとデジタル、具象と抽象、絵画とセラミックといった異なる領域を行き来しながら、それらの「あいだ」にある空間に身を置いて制作を展開しているのである。そして、その作品に対峙する鑑賞者もまた、そうした不確かな「あいだ」の空間に身を晒しつつ作品を鑑賞するという貴重な経験へと導かれていくことになるだろう。


菊池奈緒(Nao Kikuchi)
1988年生まれ、栃木県出身。ドイツ、カールスルーエ在住。
主な展示として、「COMMAND」(2025年 / Goya Curtain / 東京)、「Find a Spot Zwischen Räumen」(2025年 / t.a.s. / ウィーン)、「On a very auiet morning, on the same piece of toast」(2025年 / Adams and Ollman / ポートランド)、「What else?」 (2025年, / GALLERY ANN MAZZOTTI / バーゼル)、「Bitter Arcadia」(2025年 / Galerie Crone / ウィーン)、「Game」(2023年 / Trust / ウィーン)

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