TATSURO KISHIMOTO

7/12 (Sat)-8/9 (Sat), 2025
Opening hours: 12:00-19:00 (Wed-Sat)
Closed on Sun, Mon, Tue and National Holidays
Reception: Saturday, July 12, 18:00-19:00



 どこか未完成で、おぼろげで、夢のなかで見たのか、微かな記憶の中にあった風景なのか、そんな不思議な感覚に誘われるようである。
 吉澤は、日々の何気ない暮らしの中で、目を向けたり耳を澄ましたりしないと消えゆいてしまう光景の微細な変化に静かに眼差しを向ける。噴水が上がる風景、雨がベランダの塗装を少しずつ剥がしていく様子、今はない実家の庭、誰かの家の生垣の剪定の形、ある図像がふと何か別のものに見える瞬間など、その時々にしか現れない至って何でもない生活の風景を捉えている。展覧会タイトル“Pollen”は花粉という意味を持つことから、蜂が花々を動き回りながら花粉を団子状に丸めていく様子と、作家自身が制作において光景の断片を拾い集める様子とを重ね合わせている。

 吉澤の制作工程は、木炭や油絵具で図像を描くと同時に、水の入った霧吹きで画面を洗い流し、そこに残った痕跡の上から描いては消し、描き重ねていくというものである。水に流れ落ちたイメージは、元の図像とは違うものにはなるが微かに痕跡として残る。図像は消えたからといって無くなったわけではなく、痕跡があることで逆に見る人それぞれにとってイメージが広がっていくものとなる。砂のように手にとっても掴みきれない何かを掴むように、“存在しながらも失われつつあるもの”がこの工程を繰り返しながら描かれていく。

 “消しては描く”という行為の原体験となっているのは雪の記憶である。新潟という雪国で生まれ育った吉澤は幼い頃、田んぼ一面に降り積もる雪の中に寝そべり、上から降り続ける雪が自身を覆い尽くし大地と一体化してしまうような感覚を体験していて、それが制作に影響を与えている。人々の生活は日々微細に変化する現象の堆積であると吉澤は捉えており、土壌に積もった花粉から地層の年代を推測するかのごとく、何かがそこにあったことをつなぎとめようとする。吉澤は移りゆく物事にそっと光をあてることで、存在するとは一体どういうことなのかを掴もうとしているのかもしれない。

 “完成の一歩手前のような状況で筆を置く“作品の中では、「図像が絵の中で動き続けるような気がする」と作家自身が述べるように、時間が流れ続けているようである。吉澤の絵に触れていると、あらゆる感性が研ぎ澄まされる感覚をおぼえるだろう。


吉澤理菜 (Rina Yoshizawa)
1998 年生まれ、新潟県出身。東京都在住。2023 年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
個展「シトロンソルベ」(2023 年、東京藝術大学、東京 )、グループ展「One Big Leaf」(2024 年、スペースあや 、東京 )
レジデンス「BankART AIR 2022 SPRING」(2022 年、BankART Station、神奈川 )

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